2015年12月13日。

12月に入り夕方の気温はめっきり低くなった。通っている英会話スクールのクリスマスパーティーに向かう道すがら理絵は襟を立てた。日曜日の丸の内はビジネスマンは殆どおらず、クリスマスの買い物に訪れる人や友人との待ち合わせに急ぐ人々がパタパタと通り過ぎていく。駅を背にコツコツと歩き、見上げると左右に丸ビルと新丸ビル。寒さはしみるが、平日の昼間とは違う丸の内の華やかで厳かなクリスマスの雰囲気は心地よい。

理絵は八重洲にあるオフィスで働いているが、丸の内側は滅多に来ない。クリスマスパーティーはモチベーションが落ちている理絵に、受付スタッフが是非に!と誘ってくれたので何となく申し込んだ。場所が定期の範囲内で来やすかった事も背中を押した。結婚式二次会用に買った服を引っ張り出して着込んだお陰でテンションは上がっているものの、一人での出席はやはり不安である。丸ビルに近づくにつれ理絵の緊張は高まっていった。

会場は既に多くの人で賑わっていた。アジアン・フレンチ料理を標榜するその店はかなりオリエンタルな雰囲気である。参加者は入口付近に飾ってある特大のクリスマスケーキの写真を撮ったり、なじみの講師を見つけて英語で語らうなど様々だ。スタッフの一人と熱心に話し込んでいる三十代の男性は、この日の為に買ったクリスマス仕様のネクタイについて自慢げに語っている。どうやら多くの人が一人で参加してきているようだ。

理絵はパーティーのアジェンダを片手に、窓から臨む東京駅のライトアップを見ながら赤ワインを口に運んだ。知り合いのいないパーティーというのも考えて見れば気楽なものかもしれない。少し英語を話して、おいしい料理と赤ワインを楽しめればそれでよい。つまらなければさっさと先に帰ってしまおう。そう考えて理絵はもう一口ワインを口にした。
ふと振り返ると先ほどのネクタイ自慢の彼がいた。

「東京駅もこうしてみるとなんだか幻想的ですね。」

理絵が応えるよりも先にイギリス人講師がワインを片手に割って入る。

Well, the construction in front of the station obstructs the view though.

確かに幻想的な駅舎に対し、手前の建設作業の光景がもったいない。

That’s true. But it’s still nice, isn’t it?
Of course. Oh, there are some foods now. I’ll go and get some. Would you like any?
No, it’s ok. I think I’ll enjoy the view a little bit more. Thanks anyway.

ネクタイの男は中々流暢な英語を話すものだと理絵は感心した。

「通われて長いんですか?」

「もうすぐ一年です。今年の1月から習い始めたんです」

男の名前は木谷正孝。聞けば、今年の1月から一念発起して勉強を始めたそうだ。大手スーパー勤務。現在海外駐在を目指して頑張っているのだという。努力の甲斐があって、日常会話も大分慣れてきたそうだ。

「仕事で英語を使ってないのに、それだけ話せるのは凄いですね」

「ホントですか!やった!頑張って良かった。実はですね。年始に初夢を見まして。その夢の中で神様に英語をやれー!て言われたんですよ。嘘みたいな話ですけど・・・」

「へぇ?良い夢ですね。私なんて変な夢ばっかり見ちゃって。この間の『タコ』なんて最悪だったし・・・。それにしても一年間すごく頑張ったんですね」

「そう言ってもらえると嬉しいです。あ、せっかくなんで乾杯!」

理絵は木谷と乾杯した。

「どうも久しぶりです。木谷さん。どうでしたか?今年一年間」

不意に木谷は話しかけられた。見るとグレーの背広姿に黒縁のメガネ。小柄な五十代の男性はまるで市役所の熟練職員の様な風貌である。

「あれ!ひょっとしてあなたは! まっ、魔神さん!」

「しっ! 声が大きい! ちょっと本名をあかさないでくださいヨ」

「ど、どうしてここへ。あの夢はやっぱり夢じゃなかったんだ・・・」

驚愕する木谷を見て、理絵が質問する。

「お知り合いですか?」

「え、ええ。まあ。・・・ちょっ、魔神さん、どういう事なんですか」

「フフ。ちょっと近くまで営業で来ていましてね。見たら木谷さんが丸ビルに入って行く姿が見えたので懐かしいなと思ってちょっとついてきちゃいました。その後元気でしたか?それにしてもあの後、英会話スクールに行ってちゃんと頑張ったみたいですね。いやあ、ホントに良かったです。夢はね、他力本願で叶えるよりも努力で叶えた時の方が嬉しいものです。ほら、こちらの女性もあなたの英語に感心していたでしょ?近頃は願い事を叶えてあげてもその後に不幸になる事が多くてね。やっぱり、願いは自分で叶えるのが一番だなって思うんですよ。だから木谷さんみたいに頑張っている人を見ると嬉しくって嬉しくって。いやー、今日はビールがおいしいなー。クーッ」

魔神と呼ばれるその男は、ビールをおいしそうに飲み干した。

「フー。じゃあ、長居するのもアレなんで私はこのへんで。理絵さんでしたっけ。あなたも頑張ってくださいね。頑張ればきっとうまくいきますよ。そうだ。景気づけにあなたの幸運も願っておきますね。今日はサービスですよ。フフッ。ちちんぷいぷい~」

と、男はうそぶいて、フラフラと千鳥足で歩き去った。

「あ!ちょっと待って!魔神さん!」

木谷は男を追いかけた。一人残された理絵は、キツネにつままれたような気分になった。遠くの方で木谷が男に追いつき、スーツの襟をむんずと捕まえているのが見える。改めて会場を見渡すと大分人が増えてきており、熱気を帯びつつあった。

「はい!お待たせしました!ではみなさん乾杯しますよー。グラスちゃんと持ってますかー?」

司会のスクールスタッフがマイクで呼びかける。

「はい、では今年も皆さん本当にお疲れ様でした!仕事に英語に、本当に頑張ってらっしゃいましたね!
では盛大に乾杯しましょう!せーのっ、かんぱーい!」

理絵はワイングラスを高々と掲げ、乾杯した。同時に音楽が大音量で鳴り響き、見知らぬ周囲の参加者と笑顔でグラスを鳴らした。理絵が思っていた以上にワクワクしてきたのは、流れてきたクラシカルなクリスマスソングのせいかもしれない。入口付近を見ると先ほどの木谷と観念した魔神と称する男が二人でビールで乾杯している。理絵は何だかおかしくなってクスクスと笑い、赤ワインを口に運んだ。

※このストーリーは『年の初めのファンタジー』『潜在意識』『祭りの流儀』をご覧頂くと、更に楽しめます。ぜひそちらのストーリーも合わせてご覧ください。

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