party

品川駅はいつにもまして、多くの人で賑わっていた。街はいたるところでクリスマスソングが流れ、道行く誰もが幸せそうに見える。大きな紙袋を抱え家路を急ぐ中年の男性。コートに身を包み寄り添って歩く家族。携帯を見ながら待ち合わせ場所を探す若い女性。

年末のこの時期は「幸せでなければならない」という強迫観念がある。師走の週末に一人きりで過ごす恐怖は半端ではない。世の中全体が、過ぎ去る年への追憶と、新たな年への期待と不安が入り混じり、ある種の熱気を帯びてくる。その熱は幸せを一層幸せに、寂しさを一層寂しくさせる効果がある。

田川建一は一層の寂しさを感じる男だった。もうすぐ三十路。仕事は充実しているが、この時期は何となく息苦しさを感じる。昔見た古い映画で、雪のふる街をあるく主人公が、民家の窓から漏れる暖かい光に誘われ中を覗き込み、幸せな家族の食卓を眺めるシーンがある。田川は何故かその時の主人公と同じ心境になる事がある。つまりクリスマスシーズンは得意ではない。

田川は品川駅の高輪口を降り、ホテルへと足取りを速めた。その昔パシフィックホテルと呼ばれたそのホテルは、現在は運営主体が変わり、若者層を取り込んで活気を取り戻している。

久々に黒いドレススーツに身を包み、ちょっとだけ派手な赤いマフラーをしてコツコツと信号を渡る。目の前のホテルは依然として老舗ホテルの風格があり、吸い込まれていく人々全てがきらびやかに見える。田川は握りしめた英会話スクールでもらったチラシを見ながらエントランスに向かう。

2014年12月14日。

今日は英会話スクール主催のクリスマスパーティーが開催される。こんなホテルで開催するなんて豪勢だなと田川は思う。マンツーマンのスクールなので、スタッフ・講師以外に田川の知り合いは誰もいない。スクールの受付で是非にと誘われた田川は、とにかく予定を埋めようと申し込んだのだが、いまさらになって不安になってきた。

案内に従い会場に到着すると、既に多くの人が飲み物を片手に談笑していた。女性はワンピース姿が多く、男性は胸にポケットチーフを入れたり、明るいドレスシャツを着ていたりと、まるで結婚式二次会の様相だ。思ったよりも本格的なパーティーの雰囲気を見て、田川は自分の服装を後悔した。唯一派手だった赤いマフラーをクロークに預けると、ただの黒いスーツで来た仕事帰りのサラリーマンに見えてしまうからだ。

そこへ、受付で良く見かけるいつものアドバイザーの女性が、ベージュのワンピースに身を包み、ピンヒールで駆け寄ってきた。

「ああっ! こんにちは、田川さん! 来てくれたんですね! ありがとうございます。あれ? 今日は仕事帰りですか? 忙しいところすいません。」

「ええ、年末は結構忙しくて・・・」

とっさに仕事帰りと言ってしまった自分に後悔する。

「さすが出来るビジネスマンは違いますねぇ。今日はゆっくり楽しんでいって下さいね。もうお酒は飲めますのでご自由にどうぞ! 時間が来たら、一応全員で乾杯もしますので!ではまた、後程!」

ざわつく会場を見渡すと、多くの人が英語・日本語で談笑している。雰囲気に馴染んでいないのは自分だけだと思っていたが、どうやらほとんど一人で来ているらしい。緊張と手持無沙汰でひっきりなしにお酒を飲んでいる人が多い。

会場はホテルのバンケットルーム。入口付近には大きなクリスマスケーキが鎮座し、参加者を出迎えている。普段はビジネススーツのスクールスタッフもそれらしい華やかな姿でキビキビと会場内を走り回っている。ドリンクバーで白ワインを受け取り、まずは一口アルコールを摂取。熱気を帯びてきた会場ではキリッと冷えた辛口ワインがおいしい。

徐々に人が集まり会場が混み合ってきた。向こうでは欧米人に負けない体躯の男がカタカナ英語で堂々と講師と話している。手にしているグラスビールがまるでお猪口のように小さく見える。ステージの方では再会を喜ぶ生徒が二人。一人はどうやらキャビンアテンダントらしい。

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会場についた白貝志穂は、赤ワインを片手に一人でパーティーのアジェンダを読んでいた。誰も知り合いのいないパーティーに来るのはこれが初めてで、予想通りのひとりぼっちをワインと共に味わっている。寂しそうに思われるのが嫌で、先ほどから何度もアジェンダを読み返しているが、さすがにもう読み飽きた。
そこへベージュのワンピースのアドバイザーがパタパタと通りかかり、志穂に話しかける。

「ああっ! こんにちは、白貝さん! 来てくれたんですね! ありがとうございます。あれ? 今日は仕事帰りですか? 忙しいところすいません。」

「そんなわけないじゃないですか。私、明らかにワンピースですよ!」

「キャハッ! ですよねー。そうだと思ったんです」

「ところでみなさんこれから、どんな感じで和んでいくんですかね。私、誘われて来たのは良いんですけど、こういうの苦手で・・・。」

「大丈夫ですよ。これからちゃんと自然と和むように工夫してますので。最初は逆にこの緊張感を楽しんで下さい。ずばりパーティーの楽しさは緊張と緩和ですから・・・って上司が言ってたんですけどね。フフ」

「そうですか。でも何となく一人の時間が長いとワインばっかり飲んで、酔っ払っちゃいそうです」

「そうですねー。そういうのありますよねー。うーん」

アドバイザーは周りを見渡し、何かを見つけた。

「あっ! あそこの男性!ズボンのところにクリーニングのタグがついてますよ。あれ、取ってあげたらどうですか?」

「え? 私がですか? なんでまた・・・?」

急に小声になって志穂に耳打ちする。

「きっかけですよ。キッカケ。取っ掛かりさえあれば、あとは楽しくなりますから。あの方、とっても面白い方ですよ。仕事もバリバリされる感じです。でもクリスマスはちょっと苦手だって言ってたような・・・」

中肉中背、スポーツマンタイプ。黒いスーツに身を包むその男は、ひっきりなしに白ワインを飲み、キョロキョロとあたりを見まわしている。恐らく一人で参加してどうして良いかわからないのだろう。志穂もその気持ちは良くわかる。

「ええー。でも私そんなこと出来ませんよ」

「まあまあ。今日はクリスマスですよ。多少の事は勢いに任せて是非楽しんで下さいね!」
と言いながら、アドバイザーは志穂の背中をグイグイと押して男の方に追いやった。

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「タグがついてますよ」

ふいに話しかけられ、田川は口まで運んだワインをこぼしそうになった。
振り向くとショートカットの華奢な女性が立っていた。何かを取ろうと手を伸ばしてくる。

「クリーニングのタグがついちゃってますよ」

と笑うその女性は田川のベルトループについているクリーニングのタグを素早く引きちぎった。

「ああっ。すいません。久々に出した一張羅なもので・・・」

「ありますよね。私も買ったばかりのスーツだと、しつけ糸をつけたまま着てることがあります。」

ニコッと笑うその女性の名前は白貝志穂と言った。美術館が似合いそうな彼女は、英会話を最近始めたらしい。なんでも会社からのプレッシャーでやむなく始めたそうだ。

ひとりぼっちから開放されて、田川はホッとする。
そこへマイクのアナウンス。

「あー。あー。聞こえる? うん。じゃあ、いくよ。コホン。はいっ! えー、みなさん、長らくお待たせ致しました。早速ではありますが、えー、乾杯をしたいと思います。みなさんお手元にグラスはありますかー? はーい。ではいきます。今年も一年間お疲れ様でした!。せーのっ、かんぱーい!」

同時に大音量でクリスマスソングが流れ、至る所でグラスが鳴り、テンションが上がってくる。

田川も乾杯をしようと振り向くと志穂はいなかった。話し相手が出来たと思ったのも束の間、あっという間に一人に戻った。田川は会場内にあるきらきらとしたクリスマスツリーに目をやり、フッと軽く笑った。冷たい白ワインをゆっくりと味わい、やれやれとステージの方に振り返ると志穂がいた。2枚のお皿に沢山のごちそうを盛り付けて両手に持っている。

「はい。どうぞ」志穂は盛り付けた皿をひとつ、田川に差し出した。

「乾杯の後だと食事を取るのに混雑しそうだったので、一足先にとってきちゃいました」

「ありがとうございます。ぼくはもうてっきり・・・」

「まだ乾杯していないんで、乾杯しましょうよ」

「あ、そうですね。じゃあ、お疲れ様でした。乾杯!」

パチリッ!

「田川さーん! 今の乾杯シーンを写真におさめましたよ! ちょっとほら!様になってるじゃないですか! キャハッ!」

先ほどのアドバイザーがカメラを片手に微笑んでいる。志穂がカメラを借りて撮影された写真を見せてもらう。写真に写った二人はワイングラスを傾けながらとても良い笑顔をしている。こうしてみると黒のスーツもフォーマルっぽくて悪くない。

「確かに良い写真ですね」

田川は言いながら元気になってきた。街ゆく人が皆幸せに見えていたが、何の事はない。自分も写真で見てみると充分幸せそうに見えたのだ。見ず知らずの人と、一年の労をねぎらって乾杯し、ちょっとお調子者のアドバイザーが撮った写真でこうして笑っている。

耳を澄ませば、子供の頃よく聞いていたクラシカルなクリスマスソング。酔いが少しずつまわってきているのか、パーティーの喧騒が心地よい。

「ところで田川さん。クリスマスは好きですか?」

志穂がおもむろに質問する。

「クリスマスですか?
・・・・はい。好きですよ」

お調子者のアドバイザーは満面の笑みで二人を眺めたあと、次の段取りの準備にパタパタと走っていった。

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