meeting room

新しい商品を企画するのには本当に苦労がいる。

そう諸田耕一郎は思っていた。商品企画部では、技術とデザイナーと営業の間を取り持ちながら、機能的・価格的に魅力的な商品を企画し且つその商品で利益率をキープするのは今の世の中では至難の業である。学生時代の友人達は、アップルみたいな商品を出してよ!などと気軽に言うが、とんでもない。ああいう商品を出すには強力なトップダウンが必要なのだ。諸田の苦悩は尽きなかった。

商品企画の仕事は英語も必要であった。今や市場の殆どは海外である。その関係で外国人との会議も多いのだが諸田は最近になってやっと英会話スクールに通い始めたばかりだ。はっきり言って英語は苦手で、今の所は気合いと上司のフォローで成り立っている。社内での会話も日本語と英語が入り混じり、初めはかなり戸惑った。

「それはペンディングだったんだけど、昨日アプルーバルが取れたからそのゴーイングでゴーしていいよ!」

と言われた時はひっくり返った。翻訳するとこうだ。

「それは懸案として止まっていたけど、昨日承認が下りたからその価格で進めていいよ!」

不可解な世界である。諸田は永らく在籍した国内営業から企画に移ってからは、そういった日常会話にも苦労したのだが、今は大分慣れた。

今日は来年投入予定の商品のデザイン決定会議の日。東京本社の社員だけでの会議なので英語の必要は無い。諸田が担当しているのは社内でもレガシーカテゴリー(過去の遺産)と言われる分野の商品。決して陽の当たるデジタル商品ではないが、まだ世界でそこそこ売れているオーディオ商品である。

デザイン決定会議にかける商品はいくつかあり、諸田はそのトップバッターだった。若いデザイナーと一緒に検討した商品のモックアップ(原寸模型)を営業や担当役員に見せて、最終的なデザインを決定する重要な会議である。ここで滑ると後が無い。承認されないとデザインやコンセプトを一からやり直しになってしまうのである。

会議が始まると諸田と担当デザイナーの河野は、早速プレゼンを行った。市場のニーズとマッチしたデザイン・機能をとにかく上手く説明した。反応は上々。質疑応答に移ってからも営業の質問や要望をうまくかわし、どうやら承認がもらえそうである。やれやれと思ったところで役員の一人が言った。

「うん?これシンメトリか?どうなんだ?」

シンメトリ? 初めて聞く言葉である。

「えーとですねぇ・・・」

怯むわけにはいかない諸田は言葉の意味を考えながら答えに窮した。黙る諸田を横目に、河野が代わりに回答した。

「そうですね。意識して作りこんではいるのですが、左のスイッチの所が右側とちょっと違いますね」

「ふーん」

役員は不服そうな返事をした。周りの営業担当も役員に続き、左と右の違いがちょっと・・・などと言いだした。どうやらデザインが左右対称ではないのが気に食わないらしい。諸田は事態を理解して安堵した。

その程度のデザインの話ならひっくり返る事はないだろう。大丈夫、承認はもらえる。それにしてもシンメトリって線対称の事を言うのか。危ないあぶない。なるほど。「真目取り」ね。

諸田は頭の中で適当な当て字をして言葉を頭にインプットした。そしてデザインの大枠は承認されそうだと判断し、再び話し始めた。

「そうですね!確かにこの部分は真目取りじゃないですが、真目を取っても全く問題無いです。どうです?真目、取っときますか?」

「ん? う~ん・・・・?」

プレゼンのフィニッシュを決める提案だったつもりが会議がしらけた。困惑の表情で皆、諸田を見ている。

何かマズイ・・・。動物的直感である。

「だ、駄目ですかね・・・。で、ですよね! じゃあ、もうちょっと揉みますのでまた次回の会議で再考を・・・ははっ、あはははっ(汗)」

会議後、河野が諸田に駆け寄った。

「諸田さん!なんであんな事言ったんですか!」

「え? だって、みんな〝真目取り〟でノってたから、そこで落とし込んで承認をもらおうと・・・でもさー。中々うまく行かないね」

「だから! なんで〝真目を取る〟なんて言ったんですか?」

「え?その・・・それは、真目さえ取っちゃえばそれで良いかなって・・・」

「だー! 違うの! シンメトリって日本語じゃないの!Symmetryって英語なの!」

「でーーーっ! そうなの? 英語なの? 真目じゃないの?」

「ホント勘弁してくださいよー。馬鹿じゃないんだから!」

「ごっ! ごめんっ! てっきりそういう言い方するんだと思って…」

「もー。たまんないっすよ。どうしてくれるんですか。また会議の準備しなきゃじゃないすかー。俺の時間返して下さいよー」

「ごめん・・・。わはっ、わははっ・・・はー(涙)」

大恥をかいた諸田はその後、地道に英語の勉強を始め、数年後には社内でも有数の英語の達人になった。尚、通っていたのは当時東京八重洲にオープンしたばかりの英会話スクールだったという。

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