キッカケはけんちん汁

けんちん汁

川辺は牛丼屋で昼食を掻き込んでいた。

最近は海外出張も増え、部下も増えてきた関係で仕事はどんどん増えてきているが、まだまだやりたい事も沢山あり、昼食などは手っ取り早い食事で済ませることが多い。

最近はアジアへの出張が多く、英会話に加え、中国語も勉強している。日本にいる間は東京・大阪間を行き来しているので、東京本社の部下とのコミュニケーションが減り、その埋め合わせをするべく、夜は以前にも増して部下と飲みにいくようになった。事業は順調に動いているが、休みの日も英語や中国語のレッスンを受けているので、家庭の時間との折り合いをつける為には余程効率良く仕事をしなければならない。来週は上海出張か・・・。川辺はそんなことを考えながら味噌汁をすすった。

もともと川辺は英語が得意ではなかったが仕事での必要性を感じて語学を始めた。理系の大学を出たこともあり、語学からは疎遠だったが、仕事上の必要性があるとトコトンやってしまうのは、川辺の性格上自然なことだった。最近は英語も中国語もめきめきと上達している。

英語と中国語を同時にやっていると、言語というものがより立体的に見えてくる。文化的背景がわかっていないと理解出来ない事も多く、ここ最近は実際に海外に行っているからこそ分かる事もあり、中々奥が深いものだと感じていた。しかしそれでもレッスンでは理解できない事も多く、この間も講師の説明では納得できずに

“So what’s the difference? I can’t understand what you mean!
You should explain it clearer because you are a native speaker!”

と思わずレッスンブースで怒鳴ってしまった。性格上、理解の出来ない事が嫌で思わず大きな声を出してしまったのだが、その後は反省しきりであった。

川辺は最後の一口を豪快に頬張り、店員にお会計をお願いした。

ふと隣を見ると男が座っていた。
それまで気付かなかったが、同じく豪快に牛丼を掻き込むスーツ姿の男は日本人ではないらしい。どうやらアジア系の外国人である。川辺は仕事でアジア諸国を渡り歩くようになってから、以前よりも日本人であるかそうでないかを無意識に敏感に感じるようになった。急いで牛丼を食べるそのビジネスマンを見て、彼も国際社会で戦っているな、と思い何となく川辺は男に親近感を持った。

そのアジア系のビジネスマンは、黙々と牛丼食べていたが、壁に掛かっているメニューを見がらおもむろに店員に話しかけた。

男:チョトすいません。

店員:はい。お客様。何でしょう?

男:味噌汁はミソが入っていますよね。

店員:はい。

男:豚汁は豚肉が入っていますよね。

店員:はい・・・。それが何か。

男:けんちん汁のけんちんって一体何ですか?

店員:けんちんですか? 

男:はい。けんちん。

店員:うーん。ちょっとすいません。けんちんって一体、何でしょうかねー。わからないです。

男:うーん。ダカラー。味噌汁は味噌。豚汁は豚。けんちん汁のけんちんって一体何なんですか? 

店員:ですから本当にちょっとわからないです。すいません。

男:ちょっと。意地悪しないで教えてよっ。

店員:いや、意地悪じゃなくて・・・。本当にわからないんですよ。お客さん。

男:あなた日本人でショ?けんちんって一体ナニ?それを聞いてるんですよ。

店員:勘弁してください。お客さん。本当にわからないですよ~。本当にすいません。

男:あなたワタシをガイジンだと思っていい加減に答えてるでしょ。怒りますよ。けんちんって一体何かを聞いてるんでしょうがっ!アナタ本当に日本じ・・・

店員:らっしゃいませ!はい1名様ぁ!どうぞカウンターの方へ!

男:なっ!話は終わってないじゃないの!アナタさっきから誤魔化してばかり・・・。

店員:はい並一丁ォ!おあとビール一ォつ!

男:コラっ!無視は辞めなさいっ!けんちんくらいで、無視は無いでしょうがっ!だいたいアナタねー・・

というところで、川辺は店を出た。

以来、川辺の講師への質問の仕方はとてもやさしくなったという。

 

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