クリスマスの夜に

年末感が息苦しい。
年の瀬になるといつも一年を振り返り、今年は少しは成長できたのか、などと自問自答をしてしまう。

街を歩くと、足早に家路を急ぐビジネスマン。待ち合わせらしくスマホで道を調べながら足早に過ぎ去る女性。街角のクリスマスのデコレーションを見ながらゆっくりと歩く若いカップル。そんな街の装いに、どうも世の中から自分だけが取り残されている様な気がしてならない。この時期はかくのごとく独特な息苦しさがあり憂鬱である。

しかし今日は違う。今日はいそいそと行かなければならない予定があり服装も充分に着飾っている。久しぶりに引っ張り出した結婚式二次会用のワンピースに新調のコートを羽織り、青山の街をコツコツと歩く。

手にしているのは英会話スクールのクリスマスパーティーのチラシ。春から通い始めた恵比寿にある英会話スクールのクリスマスパーティーは、どうやら本格的らしい。下野裕美は付き合いは悪くないものの、社交的かと言われるとそうではない。スクールのイベントなんて自分には関係ないと思っていた口だが、先日レッスンを受けた際に受付で熱心に誘われ、勢いで申し込んでしまった。

年の暮れの予定が埋まるのは悪い事ではない。そうだ、私は忙しいのだ。などと無駄な独り言をブツブツ呟く。
住宅街に佇む一軒家のレストラン。青山一丁目の駅から徒歩5分でたどり着いた。クロークに荷物を預けて中に入ると庭園を見渡すガラス張りの店内。天井は高く豪華なシャンデリアがつられ、床は白い大理石張り。思ったよりも本格的な雰囲気で少し気圧される。

「どうも下野さん! 今日はよろしくお願いします! ワンピース、バッチリ似合ってるじゃないですか。クーっ!もう飲み物は頂けますので、一杯手に取ってアジェンダをご覧になりながらお待ちくださいね!」

チャラそうな若い男性アドバイザーは満面の笑顔で出迎えてくれた。

入口付近にはベリーが沢山敷き詰められた大きなクリスマスケーキ。冷えた白ワインを手に取り、アジェンダを見る。クリスマスソングやプレゼント交換などの記載は、まるで子供の頃のクリスマス会のようである。ワインを一口飲み、店内を見渡すと少しずつ参加者が増えてきた。
窓際の男性二人は何やらTOEICについて話している。

「いやー、ほんまあかんわ。何?あの過去完了って。みんなどないして勉強してんの?わからへんわー。いややわー。」

まくしたてながらビールをあおる。もう一方の男性はこれに応える。

「わかります。でもビジネスマンにとってTOEICは絶対に負けられない試合です。自分を信じていきましょう。コツは当日の集中力をどう保つかです。その為にはまず毎日の食事をしっかりとって・・」

フロアの中央にはいかにも新卒という感じの女の子がスクールのアドバイザーに仕事について聞いている。

「そっかー。やっぱりみんな新人の頃は大変なんですね。私もがんばらなくっちゃ。ヒック」

既にお酒が入っているのか、かわいいシャックリを一つ。
そこに二十代前半の爽やかな男性の生徒が割って入る。

「一年目って大変ですよね。ていうか二年目も大変ですよ。僕は金融なんですけど、一年目の新人と二年目の僕らはなぜかオフィスに専用デスクが無いんです。だから毎日外に出て営業。オフィスでは無駄に立ってます。それでいつか英語を駆使して海外で活躍したいと思って英語に取り組んでるんですよ」

「キャー。それは大変!」

「その白ワイン、どこにありました?」

不意に裕美は話しかけられる。見ると髪をアップにした30代前半の女性がベージュのワンピースに身を包み、あたりを見回している。

「あ、えっと。向こうのバーカウンターです」

「あっちですね。ありがとうございます」

気さくなその女性はそそくさと白ワインを持って戻ってきて再び裕美に話しかける。

「何だか素敵なお店ですね。ところで、どちらのスクールですか?」

スクールは都内と横浜、合わせて六校あるのである。

「恵比寿ですか。私は銀座なんです。イベントは初めてですか? 私もです。実はリーディングのワークショップに出た時に、アドバイザーの方から是非にと言われて申し込んだんですけど、実はこういうの苦手で・・・。誘ってくれた方は、当日は私もいますから大丈夫です!と言ってたんですけど、なんだか忙しそうで。お陰で私、一人ぼっちなんです。だから話しかけちゃいました。フフ。」

裕美はなんだかほっとする。そこへ、先ほどの金融マンが入ってくる。

「あれ?この間リーディングのワークショップにいた方ですよね。どうも。荒川です。」

「あー!お久しぶりです!確か、恵比寿校の金融関係のお仕事をしている・・・ あ、こちらの方も恵比寿校ですよ」

紹介されてドギマギする。

「し、下野と言います。春から通っています。・・・、それにしてもデスクが無いっていうのは大変ですね」

「あっ、聞いてました?そうなんですよ!最悪ですよ」

と談笑しているうちに、アナウンスが入り、全員で乾杯。クリスマスソングが流れ少しずつ気分が高揚してくる。

英語やスクールの話しをキッカケとして、仕事や趣味の話しなど、初対面ながら気楽な話。裕美は緊張がほぐれつつ、少し酔ってきた。そこへチャラいと言われるアドバイザーが再び登場。

「いやー、みなさん!飲んでますか?クーっ。楽しいですね。いつもホンッと、ありがとうございます!」

どうやら彼は忘年会と銘打ったこのクリスマスを本気で楽しんでいるらしい。見かけよりも随分と純粋なその姿勢に思わず全員笑ってしまった。
裕美は初対面の人達と一緒にアドバイザーをいじりながら、ふと自問自答の答えがでた。

そうだ。今年は英会話を始めたのだった。まだ目標レベルには程遠いけれど、少なくとも一歩を踏み出した。そしてワインを片手にこうやって笑っている。

過去完了がわからない人も、新卒で仕事に悩んでいる人も、職場にデスクが無い人もみんな、前向きに頑張っている。
裕美は白ワインを口に運びながら、もう一度周りを見渡した。ガラス張りの店内から庭園を一望できる一軒家レストラン。焦点を庭園ではなく、ガラスに映る自分に合わせる。素敵なパーティーでワイングラスを片手に談笑している自分が見える。

裕美は「来年もがんばろ」とひとりごち、白ワインを飲み干した。